おとさぽ!さんに音質改善してもらいました
――あ、これは「おとさぽ!」さんに依頼する前の配信だったか。
自分の配信アーカイブを確認していて、そう気づくくらい音質が変わりました。
ということで、今回は「おとさぽ!」さんに配信の音周り設定を依頼したお話しです。
オーディオインターフェースを買い替えてから、歌配信の操作環境がだいぶ変わってしまったので、そこらへんの相談がしたく依頼しました。
以下、要点二つを交えつつのご紹介です。
①「音質」に対するイメージの誤解
②OBS知識≠声の知識
まずは「音質」です。
音質改善ということで、音質に対するイメージがずれていた場合、おとさぽ!さんにサポートを依頼しても改善に納得がいかない、ということになると思ったので書きます。
歌みた等の依頼を受けているMIX師さんがたまに発信していますが、MIXでやれることはノイズを除去すること、音の大きさを整えてオケ音源になじませること。そして「MIXは声を大幅に加工をすることではない」ということ。
おとさぽ!さんの調整もこれと同じで、あくまで素の声に近いものを視聴者に届けられるように、ノイズ軽減や音割れ調整をしてくれるサポートとなっている、と私は思いました。
その人に合ったマイクとの距離、使っているオーディオインターフェースの特徴などもレクチャーしてくれます。
けっして、声を加工するサービスではありません。
極端な例えですが「音質改善をしたらゲームの腕も上がった」ということはないですよね?(モチベーションが上がってそういったスペシャルが起きるかもしれませんが)
なので、声が劇的に変わる、理想の声になるということはありません。
ただし、声の輪郭や明度彩度はボイトレで底上げすることはできます。
(確か、おとさぽ!さんのオプションプランで発声関係もあったような気がします)
また、声の案件が欲しいという方におすすめのサポートだと思いました。
「声」を求めている方は、「加工された声」ではなく「素の声」を求めています。なのでPRとしても有効だと思いました。
声のプロさんはフィルタがかかりすぎてる声はすぐに気づきますし。
次に「OBS知識≠声の知識」です。
OBSの使い方やフィルタ紹介の動画や記事はたくさん出てきます。
でも詳しい知識がなかったり、使い方が間違っていた場合、設定やフィルタ原因で、声が膜で包まれてしまいます。そのことで声の解像度が下がってしまうこともあります。
視聴者の耳が疲れないように少し解像度を下げるのはあるのですが、たくさん膜で覆ってしまうと本来の声が損なわれることになります。
(行き過ぎた写真加工を想像してもらえばわかりやすいかも)
――というような、適切なフィルタの量を教えてくれる動画やサイトはどれくらいあったでしょうか?
ちなみに私は見たことがありません。フィルタのかけすぎに対する注意に関しても同様です。
OBSやフィルタソフトに詳しい方、というのはあくまで特徴の紹介や使い方だけで、個々人に合った使い方までは教えてくれません。
理由は、声紋は双子であっても同じではない。声はそれぞれで、一概に「これ!」というものがないからです。また、声の好みも人それぞれです。
この「個人にあった設定」をしてくれるのが、おとさぽ!さんを含めた音周りの設定をしてくれる方々になります。
ただし注意が必要なのが、「OBSに詳しいこと」と「声に詳しいこと」はイコールではないということです。
必ずしも音周りのサポートをしている全員が上記二つを兼ね備えているわけではありません。
この、二つを兼ね備えている人かどうかという見極めは、素人目にはすごく難しいと思います。
その難しい中から私がおとさぽ!さんを選んだ理由ですが、VTuberとして活動する前から、おとさぽ!というサービスが始まる前からの活動を知っていたからです。
YouTubeは主に歌みた動画を投稿するために利用していたのですが、その歌みたの収録方法などでお世話になったのが「ほんみく」というブログです。おとさぽ!の中の方がやっているブログです。そして普段からMIX作業もされています。
生の歌声を日々聞いている人にならお願いできる、という流れです。
また、「改善前、改善後」の実績も配信全体のリンクを張ってくれているので、声のニュアンスやボリュームが変化したときの違いなど、余すところなく確認することができました。
なんか、フィルタアンチみたいな書き方になってますが、私もフィルタは入れているし、エフェクト使いまくってる音楽とかも好きです。要は適材適所、適量を提示してくれるかどうかということです。
仕上がりに関してですが、私の雑談・ゲーム配信の環境は以下の通りです。
オーディオインターフェース:MOTU M2
マイク:AT2020
ケーブル:CANARE EC03-B
部屋の残響、反響は少な目
環境音は大きめ
※歌配信はマイクやソフトが少し違います。
音周りに関してはOBSに最初から付属されているフィルタで完結しています。
ゲーム音を配信に乗せるデスクトップ音声部分にはゲインしか入れていません。
ゲームオプションで、色々と音量をいじれるのでそこで個人的に調整しているだけです。
違いは分かる人にはわかるーって感じですかね。
個人的にはヘッド、ミドル、チェストの輪郭が引き締まったと思っているのですが。
元々持っていたものだけでこれだけ改善できる、使い方って大事だなと思い知らされました。
他にも私個人的に色々と学びが多かったので、また何か新しい機材を導入した際などは相談に乗ってもらおうと思っています。
調整内容については、私の配信環境、声質に合わせてのものなので、質問は控えてください。
気になることがありましたら、ぜひともおとさぽ!さんに問い合わせてみてください。
GameSir Nova 2 Liteレビュー

しっかりしたコントローラー買ったのはこれが初めてです。
加えて、今までPSタイプのコントローラーを使っていたのでこのボタン配置も初めてです。
APEXプレイ用に買ったのですが、まだがっつり遊べていません。また、フリークを付けるので、このままの状態(GameSir Nexusで感度調整などせず)でプレイしたゲームがあるので、そのときの感想になります。
Nova 2 Liteでプレイしたゲームはこちら↓
PlayStation Partner Awards 2025にて 「PLAYSTATION INDIES AWARD」を受賞した作品となっております。
「ENDER LILIES」の続編となりますが、どちらからプレイしても楽しめると思います。
ただし、本作はボス戦に調整が加えられています。その代わりに、なのかわかりませんが、マップ探索、謎解きは結構難しかったと思います。
実況配信7回目から、本コントローラーを使用しています。
使い始めた当初はジョイスティックを積極的に使っていたのですが、終盤は十字キーでボス戦をこなしていたと思います。
十字キーも押すとちゃんとカチカチ音が鳴ります。長時間プレイは良くないですが、親指への負担は少ないと思いました。
定価は約5千円、セールのときは4千円で買えました。
しっかりしたコントローラーを買ったのはこれが初めてなので、他のと比べることはできませんが、背面ボタンあり。付属ケーブルもしっかり刺さって外れにくい。トリガーストップも付いています。

ただし、このトリガーストップは難があるかも?
「エンダーマグノリア」のプレイにおいて、マップ探索のときはこのトリガーストップを活用していました。そのときはさほど問題はありませんでした。

押し込みが浅くても反応してくれる構造なのですが、ボス戦のときは反応が甘くなりました。
これは、私の押し込みが足りなかったか、押して離すまでが早くて入力が反応しなかったのか、個体差はあると思います。
なので、ボス戦のときはトリガーストップを解除していました。

元々、トリガーストップのないコントローラーを使っていたので、不便とは思わなかったのですが、この機構を使いたいという人は他の方のレビューも参考にした方が良いと思います。
またGameSir Nexusで調整が必要かと思います。
持ちやすさなどについてですが、私は元々手が大きいので、大きいとは感じませんでした。
重みは少しありますが、その重さのおかげで手がフラフラしたりせず、安定して良いと思いました(机ではなく、お腹当たりに引き寄せてプレイするタイプです)
とまあこんなかんじです。
すでにレビューしている人がいるので、個人的な記録に近いです。
ただ、最近のレビューは動画がほとんどで、個人的にまだ慣れないんですよね。タイムスタンプがない場合、目的の場所までとりあえず見なければならないのタイパが……
動画レビュアーさん、タイムスタンプ設置してください👏
「エンダーマグノリア」は、お安すぎませんか?と不安になるレベルで遊び込めるゲームなので、気になる方はチェックしてみてください。
VTuberの歌上手い下手とオタサーの姫
ちょっと前に「下手な歌を上手いと言うのはどうか?」という匿名メッセージがとあるアカウントに届いた。それに対して、引用リポストやリプという形で様々な人が自身の意見を発信した。
「聞いた人が上手いと思ったら上手い」
「技術に対して上手いと言っているわけではなく、配信で歌う度胸やパフォーマンス全体を通して上手いと言っている」
「推しが歌ってるだけで尊い」
「上手い歌聞きたかったらプロの聞け」
などなど、「下手」と言った匿名の相手への反論が多かった。
もう過ぎ去った論争ではあるのだけれど、たぶん定期的に浮き沈みする話題だとは思う。
それで思い出したのが、「この雰囲気ってオフ会だなー」と。
色んなジャンルの様々なオフ会があるけれども、「女」が絡んでくると一変する。「男」の場合もある。
「女」とはタイトルにもある通り、「オタサーの姫」になりたい人、もしくはそれ、もしくはおたくにちやほやされたい人のことだ。
この人たちにとって、カラオケオフ会というのは「歌を楽しむための場」ではなく「いつもと違う一面を見せる場」なのだ。
歌ってはいるけれど、歌を聞かせたいわけではなく、いつもと違う声や、「あざとい」を見せたいのだ。
こういうのを「接待」というのだろうか?
歌の上手さ、ではなく愛嬌を振り撒いて「可愛い」や「女性らしさ」で癒しを提供するのだ。
これが男性の場合、相手は女性になるのだが、「女」のように愛嬌を求められるわけではなく、歌の上手さを求められる。これに関しては、世界っていうか女は残酷だなと思わないでもない。
VTuberに対しても、そういった愛嬌や「魅せる」パフォーマンスができることを「上手い」という意見を見かけたが。それは確かにそう。
無意識にできてしまう人もいるが、愛嬌を振り撒くというのは、苦手な人には苦手なことで、できるできない人が出てくる。
ただ、「歌の上手さ」とはやはり異なる。
というのも、愛嬌自体は「歌」でなくても振り撒くことができる。普段の雑談だったり、ゲーム配信だったり。
でも「歌の上手さ」は「歌限定」だ。ゲーム配信をやっていて「歌上手いな」って感想を持ち出す人はいない。
なので冒頭の匿名メッセージは愛嬌を見たい人、ではなくて純粋に「歌」を求めている人が書いている。
それに対して「推しが歌っているんだから」などという回答はズレている。これは、メッセージの送り主の意図を読み取れなかったがゆえに生じてしまったズレだ。
さらに、そのことを指摘した、たぶん別の人による匿名メッセージが届く。
「なんでも迎合する雰囲気が嫌だ」というような内容だったと思う。
これは、「歌の上手さ」と「愛嬌」を混同してしまっている界隈への拒否反応だ。
歌みた、歌い手をオススメする場合、需要も意識しなければならないということだ。需要を意識しなかったがために冒頭のような意見が現れたのだと思う。
その中で、「歌唱を正しく評価されたい人であればボイトレなどに行くのではないか?」という意見があったが、歌う側にとっての正解だと思った。「歌」ピンポイントで力試しをしたい場合は専門性の高い人に聞いてもらうのが一番なのだ。
では、「歌が上手い人」をVTuberの中から探したい人はどうすればいいのか?
たぶん、企業勢やすでに有名な人ではなく、埋もれている人を探しているのだと思うが、現状手当たり次第に歌枠を見るか、ハッシュタグで「他薦」という形で募集するしかないと思う。
なぜ「他薦」かというと、活動者の場合は数字を求めているので発信者の需要をよく考えずに名乗り出る場合があるからだ。
「他薦」の場合も、「推しのために」ということもあるが自薦よりは選択肢が狭まるとは思う。
実のところ、他薦に慎重な人ほど客観的に応援している相手を見ている場合が多い。「自分は上手いと思ってるけれど、他の人はそう思っていないのではないだろうか?」「たまに音外したりもするし、声も独特だし他薦できるほどではないな」など。
個人的に有効的だなと思える手段として、歌が人気なVTuberの横のつながりで探すというものである。
歌唱に対して前向きな人、向上心がある人は、自分より上手い相手をフォローしていたり、お互いに高めあえる相手とつながっている場合があるからだ。
または他のVTuberとつながりが薄い人。同じような熱量で活動している相手が見つからず孤立している場合があるので、そういった中にも掘り出し物がいたりする。
もしくは自分の好きな曲や歌手で探す方法だ。
配信概要欄に曲のセットリストを書いている場合、検索にヒットする可能性がある。曲の趣味から合う相手を見つけけるのだ。
自分にとっての「これ!」と思えるものに出会えるのは運要素が強かったりするので、あまり他人の意見に振り回されず、気に病まずに歌声探しに励んでほしいと思う。
批判するために映画を見に行く人々
こっちで記事を書くのはだいぶご無沙汰になっておりました。
というのも、9月から文章関係をファンサイトのほうで書くようになったから、というのもあります。
ファンサイトといっても、すべての文章が有料というわけではないです。
こっちでいつも書いてたような内容に関しては無料でも見れるようにしています。
たしか、ファンサイト自体に登録しなくても記事のほうは閲覧可能だったと思います。
最近、リバイバル上映が多くて珍しく映画館に足を運んでいる今日この頃ですが、まあ……SNSで酷評されている映画が一本あるね。
実写版「進撃の巨人」でも、二日にわたってトレンド入りとかはなかったと思うのだが。
ただ、Xのトレンド基準等は、だいぶ変わってはいると思うし、フィルターバブルも過度なものになっているので、そういった意見が多く目に入るというだけかもしれない。
騒がれているあの作品……というか、あの方の作品毎回のように国内で上映されるたびに酷評が多いと思うのだが、確かカンヌで先に上映されている。
そして、番宣が始まったあたりですでに酷評は出ていたし、書籍は公開前に発売されている。
「期待して見に行ったら酷かった」という感想をほぼほぼ見ない。
ポスターに関しては、広告代理店正気か? って私も思ったが……
私は基本的に映画館にはあまり足を運ばない。本当に好きな作品の映像化や続編とか、もしくは誘われない限り行かない、というか行けない。
そもそも人がたくさんいる場所が苦手、自由に動けない環境で過度の緊張状態に陥ってしまう。あと音響酔いもある。
なので本当に好きなもの、期待値の高い物しか見に行かない。わざわざ酷評されている作品を見に行くための体力、メンタル、財力、時間もないという一般的な視聴者だと思うのだが、最近の周りはそうではないな、と。
タイトルにもある通り「批判をするためにわざわざ見に行ったんじゃないか?」という感想が多い。批評やレビューじゃない。感想。私が今活動している場での言葉を用いると、お気持ち、というもの。
しっかりした評論家の方々も、この空気感というか人の動きを察知して「素人の批判ばかりで批評ではない」と発信している。
そう、「乗るしかねえ、この『叩き』という名のビッグウェーブ」状態。
↑誰も幸せにならないから止めましょう
「面白くない」というバイアスがかかった状態で見てて、「面白かった」という感想が出るわけがない。
私は逆に「それはない」というツッコミで楽しむかもしれないけれど。
先に酷評を出したのは普段から映画評論をしている方々……その意見に乗ってるだけという人が多い。
自分で選び取った一作が「面白くなかった!」と言っているわけじゃなく、「面白くない! って言われてるから見に行ったら、マジで面白くなかった!」というお粗末すぎる感想が多い。
そしてこの行為、野次馬そのもの。
本人たちはたぶんその自覚はない。
H監督作品に関しては、出資元が炎上商法してるのかってレベルで……
感想の中に「ポストM監督とか言われてるけど」とか……何年前の話しだろう……ポスト枠に関しては「サマーウォーズ」が公開されたあたりの話しですよ。
個人的に、この「ポストM監督=テレビで放送出来て、家族みんなで楽しめる作品像」がH監督作品を迷走させているような気がしてならない。
「バケモノの子」あたりで、ポストの話しが消えたんだか、監督自身の立ち位置を明確にしたんだったか、そこから今の作品の流れになってると思うのだが(私はそもそも映画評論家ではないし、そこまで情報を取り入れているわけではない。だったら書くなよ。はい自分でもわかってます)、そういった下地情報が私以上に曖昧な人たちがSNSで様々な情報を発信している。それが「インプレッションが高い」というだけでまったく知識がない人のところに届いてしまう。
インプレッションのために、映画を見に行く。
Xでの数字のために二千円使うって何なんだろう? しかも、必ずしも数字に直結するわけじゃない。
バッシングしているコミュニティに入るためのチケット代とも考えられる。
いや、まったく健全な映画体験ではない。
「良い作品が見れて幸せ」よりも、「私もそう思った!」という人とのつながりのほうが大事だと。
――なるほど、これがSNS、ネット社会における孤独かと。
常に誰かとつながっていたい。つながるために、作品叩きという「いじめ」にも参加する。
ちなみに今年は、小中高でのいじめ件数は過去最多だそうです。
私も最近、「くそがぁ!」って思うことがあり、ささくれ立って、背徳の甘味用意して映画を見たのですが(イライラした気持ちで見たくないという気持ちがあった)、
最高かよ!!
今このタイミングで、この作品見れて良かった! って思えました。
ありがとう「教皇選挙」。
結局何の話だよこれ
「花雨ンセリング」
ブログを書くのが久しぶりだー。
裏では全然長文を書きまくっているのですが。
今年に入って、VTuberさんとのつながりも増えて、その中で配信の悩みとか、リスナーをどう向き合うべきかという話しをして、「花雨ンセリング」という素敵な言葉をいただきました。
「カウンセリング」とは、私的には「相手の話しをよく聞くこと、相手が話しやすい環境を作ること、発言の呼び水になるようにサポートすること」だと思っています。そしてアドバイスは「カウンセリング」とは別と考えてます。
また、アドバイスは結局のところ「自己満足」と捉えてるところもあります。
大事なのはアドラー心理学でいうところの「見守り」です。
相手を信じて、どこまで一人でやれるか黙って見守る。危ないという場面、危険が迫ったときは助ける。
なんでも手取り足取りやってあげることは「自分は相手より年上だから、スキルが高いから」という優越感にひたる行為になってしまうこともある。そして、サポートされた側は「一人でやる」という成長の機会が失われてしまう。
このバランスはとても絶妙で、助けないことで「なんでこの人は助けてくれないんだ」って思われることもあります。はたから「非情なやつだ」と私自身、「もっと優しくしたらどう?」と言われたことがあります。
言ってくる人はたいてい過保護である場合が多いのですが、相手が子供であれ、初心者であれ、自発的にやろうとしていること、「努力しようとしていること」に水をさしたくなくてあえて口を挟まず、黙って見守ることが多いです。
相手がこれであっているのか、正しいのか途中でつまったときは「あってる?」と聞いてきます。「聞く・問う」とは、信頼によって生じるものなので、そういった関係性が好ましいと私は思っています。
「いつまでもあると思うな親と金」と同じく、私も永遠ではないです。いつまでもサポートや手助けを続けられるわけではない。
だからこそ、自分で問題解決するための練習を「見守り」という形で実践しています。
また「あのときはこうやって乗り越えた」という成功体験も与えたい。
その成功体験に、私という存在が強く残ってはいけない。強く残ってしまえば、新たな問題に直面したとき、私という存在を使って解決しようとしてしまう可能性があるからです。
それは個々人の「自信」の違いでもあって、自信があれば、「今の自分なら前のように乗り越えらる」と立ち向かっていける。自信がなかったら「あのときは誰々さんがいてくれたから」となってしまう。
心理学者だったか、哲学者だったか、「神は乗り越えられる困難しかあたえない」と言っていたような気が……あと、「多くの試練が与えられるのは、乗り越えるための能力があるから」「怠惰な人間の前に試練は訪れない」などなど。
目の前に困難が立ちふさがったとして、全部乗り越えていかなければいけないというわけではありません。この場合、回避することも立ち向かうことも同等の勇気が必要となるので、「立ち向かうべきかどうかは自分で決めなさい。あなたの人生なのだから」と言ってます。
そういうことを言う立場にある時点で、普段どういう人からどういう相談を受けているんだって思われるかもしれませんが、これほぼ人生です。
要は問題をどうとらえてるか、の違いだけです。適当にとらえてる人にとって、人生は適当なので、こうした重い考えに囚われることもないです。
どうしても真面目で、真剣にとらえてしまって、泥沼にはまってしまう。そういう人に出会う機会が多かったり、相談される機会が多いというだけです。
そもそも適当な人は相談すらしてこないので。
そして、この権利「花雨さんに相談する」、相談できる立場を配信者側限定にしたくはないです。
心理学系の配信で、様々な体験など書き込んでいただき、それにお応えしたり、私から何かしらのアドバイスなども行っていますが、「長文すぎて書き込むのが申し訳ない」と優しいお言葉ありがとうございます。
Xのほうも文字制限があるのと、DMは配信者、リスナー、企業すべて制限してしています。なので、マシュマロで送っていただけると幸いです。
私も神ではないし、前述の通り、乗り越えていけるかどうかは自分次第なので、気軽なアウトプット感覚で利用いただければと思います。
余談にはなりますが、私は自衛のために配信者同士のつながりを制限しています。
同調圧力に加わる気もないし、参加している交流サーバーに配信規約を守らない人がいたり、出会い目的で配信者やってる人が一人いただけでも抜けます(ある意味でボーダーよね)。誘ってくれた方には申し訳ないですが、自分のチャンネルと活動が大事なので。また、クモの糸程度のつながりでも「炎上したやつの仲間!」だと燃やされるのが現代社会なので……怖いね。